こんにちは、カジです。
前回の探求では、サイゼリヤの驚異的な安さの根源が、創業者の「7割引実験」から生まれた、徹底的に合理的な「経営哲学」にあることを解き明かしました。
しかし、ここで新たな疑問が浮かびます。どれほど崇高な哲学も、それを物理的に実現する「仕組み」がなければ、ただの理想論で終わってしまいます。「まずさを取り除く」と言葉で言うのは簡単ですが、それをグローバルな規模で、あの価格で実現するには、一体どうすればいいのでしょうか。
その答えが、今回解剖するサイゼリヤの「バリューチェーン」です。彼らは、食材の種を選ぶ段階から、お客様のテーブルに料理が届くまでの全プロセスを、一つの巨大なシステムとして完全に掌握していました。
ITエンジニアである私には、これが単なる製造・物流網には見えません。これは、世界中に張り巡らされたサーバーとネットワークを最適化し、データの流れを完全にコントロールする、壮大なグローバルITインフラの設計思想そのものなのです。
今回は、この低価格の物理的な源泉となっている、驚くべきシステムの心臓部を解剖していきたいと思います。
※この記事に掲載されている挿絵は、内容の理解を助けるためのイメージであり、実在の人物、製品、団体等を示すものではありません。
垂直統合という名のフルスタック開発

サイゼリヤの強さの核心は、「垂直統合」というビジネスモデルにあります。彼らは、一般的なレストランのように単に食材を仕入れて調理するのではありません。野菜の品種改良や栽培、オーストラリアでのハンバーグパティの製造、そして国内工場での加工、物流まで、ほぼ全ての工程を自社でコントロールしています。
これは、ITの世界で言えば、インフラの構築から、サーバーサイドのロジック、そしてフロントエンドの開発まで、すべてを自社で完結させる「フルスタック開発」の思想と全く同じです。
なぜ、ここまで徹底するのか。それは、外部の業者に依存する部分(ブラックボックス)をなくし、サプライチェーンの全ての工程を「見える化」することで、品質とコストを隅々まで管理下に置くためです。
さらに、サイゼリヤのメニューは長年愛される定番商品が中心のため、需要が非常に予測しやすい。これにより、無駄のない「計画生産」が可能となり、システムの効率を極限まで高めているのです。
世界中に配置された「専用サーバー」としての工場群

この巨大なシステムを支えているのが、世界中に戦略的に配置された専門工場です。これらは、それぞれが特定の役割を担う、高性能な専用サーバーのような存在です。
- オーストラリア工場: 畜産大国に構えたこの拠点は、ホワイトソースやミートソース、ハンバーグパティといった重要部品の製造を担う、グローバル供給網の要です。
- 福島工場: 看板メニュー「ミラノ風ドリア」の心臓部である、ターメリックライスの精米と炊飯を専門に担当します。
- 千葉・神奈川工場: トマトソースの生産や、イタリアから直輸入したオリーブオイルの小分け作業など、各拠点が緻密な役割分担をこなしています。
このように、各工場が特定のタスクに特化することで、生産性を最大化し、全店舗で提供される料理の品質を、工場出荷の段階で完全に均一化しているのです。これは、処理能力を最大化するために機能を分散させる、サーバーの負荷分散(ロードバランシング)の考え方と非常によく似ています。
中間業者をなくす「APIダイレクト接続」
サイゼリヤは、1993年からイタリアの生産者と直接契約し、ワインやオリーブオイル、プロシュットといった主要食材を直輸入しています。
これは、商社や卸売業者といった中間業者を介さない、いわば生産者との「APIダイレクト接続」です。不要な中間レイヤーを排除することで、通信(取引)の速度と効率を上げ、コストを大幅に削減する。ITインフラの設計において、誰もが目指す理想の形を、彼らは現実のビジネスで実現しているのです。
収穫期には担当者が現地に赴き、その年のオリーブの品質を自らの目で確かめるという徹底ぶり。この深い関与こそが、彼らの品質を支える生命線となっています。
まとめ
サイゼリヤの低価格を物理的に支えているもの。
それは、農場から食卓までの全工程を自社で掌握する「垂直統合」という名のフルスタック開発体制でした。
世界中に専門工場を配置し、生産者と直接繋がることで、サプライチェーンという巨大なシステムから、徹底的に中間コストと品質のばらつきという「バグ」を取り除いていく。
彼らのやっていることは、もはやレストラン経営の領域を超え、地球規模の壮大なインダストリアル・エンジニアリングなのです。
さて、今回は世界を股にかける壮大な「供給」の仕組みを解剖しました。次回は、いよいよその舞台を個々の「店舗」に移します。厨房の中で、1秒単位の効率を追求するために張り巡らされた、驚くべき科学的な仕掛けの数々を解き明かしていきます。
それでは、また次の探求でお会いしましょう。


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