こんにちは、カジです。
※この記事に掲載されている挿絵は、内容の理解を助けるためのイメージであり、実在の人物、製品、団体等を示すものではありません。
今回から、新たな「解体」の旅に出かけます。テーマは、あの水色のロゴでお馴染みの 「公文式(KUMON)」 です。
街を歩けば、至る所で見かけるあの教室。多くの人はそこを単なる「子供が計算を習う場所」と認識しているでしょう。
しかし、ITエンジニアとしてシステム設計の経験を積んだ今、改めてそのメソッドを深掘りしてみると、ある衝撃的な事実に気づかされます。
KUMONは、単なる「塾」ではありません。あれは、70年も前から稼働している、極めて高度に設計された 「分散型・人間能力開発システム」 です。
世界60以上の国と地域で普及し、数百万人が学ぶこのシステム。その最大の特徴であり、最大の謎は 「教えない」 という鉄の掟にあります。
お金を払って通うのに、先生は手取り足取り教えてくれない。一見すると顧客サービスとして「バグ(欠陥)」のようにも思えるこの仕様こそが、実はKUMONというシステムの根幹をなす 「最強のアルゴリズム」 でした。
今回は、KUMONの創始者・公文公(くもん とおる)氏が設計した、この美しき「教えない教育」の正体を、エンジニアの視点で解剖していきます。
先生は「サーバー」ではない

一般的な学校教育や塾のシステムを、ITインフラに例えてみましょう。
それは、先生という高性能な 「サーバー(中央処理装置)」 が、生徒という 「クライアント(端末)」 に対して、知識というデータを一斉配信するモデルです。
このシステムには、致命的な弱点があります。サーバーの処理能力(教えるスピード)に、すべてのクライアントが同期しなければならない点です。理解が早い端末は「待ち時間」が発生し、処理が追いつかない端末は「タイムアウト(落ちこぼれ)」を起こします。
しかし、KUMONの教室は全く異なります。
そこでは、先生は黒板の前に立ちません。生徒たちはバラバラの席で、バラバラの教材を、自分のペースで黙々と解いています。
これは、処理の負荷をサーバーに集中させず、個々の端末(生徒)側で処理を完結させる 「エッジコンピューティング(分散処理)」 の思想そのものです。
KUMONにおいて、先生の役割は「ティーチャー(教える人)」ではありません。生徒というプロセッサが正しく稼働しているか、エラー(行き詰まり)を起こしていないかを監視する 「システム管理者」 に徹しています。
なぜ、そんなことができるのか? それは、教材そのものに、先生の代わりを務める 「プログラム」 が組み込まれているからです。
スモールステップという「デバッグ済みのコード」

KUMONの教材(プリント)を見たことがあるでしょうか。
あそこには、驚くほど細かい階段、いわゆる 「スモールステップ」 が設計されています。
例えば、新しい単元に進む時、いきなり難しい問題は出ません。
「A=1のとき、A+1は?」という例題があり、次は「A=1、B=2のとき、A+Bは?」と続く。
生徒は、前の問題をヒントに、わずかな法則性の変化を読み取り、自分の力で次の問題を解くことができます。
これをエンジニアの視で見ると、完璧に 「構造化されたプログラムコード」 に見えます。
通常の教科書が、1段飛ばしや2段飛ばしの「階段」だとしたら、KUMONのプリントは、段差が数ミリしかない「スロープ」のようなものです。
あまりにも段差が小さいため、登っている(学習している)感覚すらなく、気づけば高い場所(高度な数学)に到達している。
創始者の公文公氏は、元々高校の数学教師でした。彼は、我が子のために手書きの教材を作った際、子どもがどこでつまずくか、どこで手が止まるかを徹底的に観察し、教材というプログラムの 「バグ(つまずきの原因)」 を徹底的に潰していきました。
つまり、KUMONのプリントとは、過去数百万人の生徒の学習データをもとに、70年間ひたすら 「リファクタリング(コードの改善)」 が繰り返されてきた、バグ率ゼロに近い「最強のライブラリ」なのです。
「自学自習」とは「OS」のアップデートである
なぜKUMONは、ここまでして「自分の力で解く」ことにこだわるのでしょうか。
それは、彼らが提供しているサービスの本質が、「数学の知識(アプリケーション)」のインストールではなく、新しい知識を自力で獲得するための 「学習OS(オペレーティングシステム)」 のアップデートだからです。
人から教わった知識は、忘れます。しかし、自分の頭で法則を発見し、悩み、解決した経験は、脳の回路に深く刻まれます。
「やった!わかった!」
このドーパミンが出る瞬間こそが、学習OSのバージョンアップ完了の合図です。
一度この「自学自習」の回路が開通すれば、その子は数学だけでなく、英語でも、プログラミングでも、あるいは社会に出てからの未知の課題であっても、自力でマニュアルを読み解き、解決策を見つけ出すことができるようになります。
KUMONが育てているのは、「計算ができる子」ではありません。未知の問題に対して、エラーを恐れずに自己解決プロセスを回せる 「自律したエンジニア」 のような人材なのです。
次回は、このアルゴリズムを物理的に支えている、最強のユーザーインターフェース。なぜ、デジタル全盛の時代に、KUMONはいまだに 「紙と鉛筆」 を使い続けるのか? その合理的な理由に迫ります。

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