リビングを占拠した白い箱。なぜ『Wii』は社会現象になったのか、その”設計思想”を解剖する

任天堂

こんにちは、カジです。

前回は宮本茂氏のアイデア発想法という「ソフト」の秘密に、私なりの視点で迫ってみました。では、そのアイデアを世に届けた「ハード」、Wiiは、どのような思想で作られたのでしょうか。

2006年に登場したWii。それは、ゲームの歴史において、最も広く、そして深く、社会に浸透したゲーム機の一つです。なぜあのシンプルな白い箱は、熱心なゲームファンだけでなく、普段ゲームをしない人々までをも巻き込む「社会現象」となり得たのか。

今回は、その成功のメカニズムを、システム設計の視点から解体してみたいと思います。

Wiiが解決しようとした「課題」― 断絶されたリビング

Wiiの成功を理解するためには、まず、Wiiが生まれた時代の空気感から振り返る必要があります。

2000年代半ば、家庭用ゲーム機市場はソニーのPlayStation 3とマイクロソフトのXbox 360が牽引する、技術進化の真っ只中にありました。より高精細なグラフィックス、より強力なCPU性能。ゲームはますます複雑化し、一部の愛好家が自室にこもって遊ぶもの、というイメージが定着しつつありました。

この状況に、当時の任天堂社長であった故・岩田聡氏と宮本茂氏は、強い危機感を抱いていたと言います。彼らが戦っていたのは、競合他社ではなく「お客様の無関心」でした。ゲームが複雑になりすぎた結果、家庭内でもゲームをする人としない人の間に「壁」が生まれ、ゲーム機は「お母さんの敵」と化している、と彼らは分析したのです。

Wiiの真の目的は、高性能なゲーム機を作ることではありませんでした。それは、「ゲームによって断絶されたリビングのコミュニケーションを、もう一度ゲームの力で繋ぎ直す」という、壮大な社会課題への挑戦だったのではないでしょうか。

【考察】社会現象を生んだ3つの「インターフェース」

この壮大な課題を解決するために、任天堂は3つの優れた「インターフェース」を設計しました。これらは、ユーザーとゲーム、そしてユーザー同士を繋ぐ、完璧に連携したシステムでした。

1. 身体とゲームを繋ぐ『Wiiリモコン』

Wiiの象徴であるWiiリモコンは、まさに「枯れた技術の水平思考」の集大成です。核となったのは、当時すでに自動車のエアバッグなどで広く使われ、安価になっていた「加速度センサー」。この枯れた技術を、「身体の動き」という最も直感的な入力方法に転用したのです。

複雑なボタン操作を覚える必要はありません。テニスラケットのように振る、ボウリングの球のように投げる。この「操作の民主化」こそが、普段ゲームをしない人々が抱く最大の心理的障壁を取り払いました。

2. ゲームと日常を繋ぐ『Wii Sports』

では、その革新的なリモコンで、最初に何をさせるべきか。任天堂の答えは、マリオでもゼルダでもなく、『Wii Sports』でした。

テニス、野球、ボウリング。誰もがルールを知っている現実のスポーツを題材にすることで、「ゲームの文法」を知らない人々への参入障壁を限りなくゼロに近づけました。多くの地域で本体に同梱されたこのソフトは、Wiiが何であるかを言葉なしに伝え、全世界で8,290万本という驚異的な販売本数を記録。まさに、新しい遊び方をリビングに届ける「トロイの木馬」の役割を果たしたのです。

3. 人と人を繋ぐ『Mii』

そして、ゲーム体験を個人のものから「共有体験」へと拡張したのが、アバターシステム『Mii』です。自分や家族にそっくりなキャラクターが、ゲームの中で活躍する。それだけで、画面との一体感は劇的に高まります。

さらに、「Miiパレード」機能は、知らない誰かが作ったMiiが自分のWiiにやってくるという、穏やかなソーシャルネットワークを形成しました。これは、コンソールの名前が示す「We(私たち)」というコンセプトを、リビングの中から世界中のプレイヤーへと拡張する、優れたソーシャル設計でした。

まとめ

Wiiの成功は、単なるゲームのヒットではありません。

それは、『Wiiリモコン』『Wii Sports』『Mii』という3つの優れたインターフェースによって、ゲームと身体、日常、そして人との繋がりを再設計した、壮大な「コミュニケーション・デザイン」の勝利だったのです。

彼らは、競合より「優れている」ことによってではなく、より広い世界にとって真に意味のある方法で「異なる」存在になることを選びました。その思想は、現代のサービスやプロダクト開発においても、多くのヒントを与えてくれるように思います。

【挿絵について】
本記事に掲載されている挿絵画像は、内容の理解を助けるためのイメージです。特定の製品やロゴの正確なデザインを再現したものではありません。

今回は、リビングという「家庭」を舞台にした任天堂の戦略を見てきました。では次回は、我々の「ポケット」を舞台に、全く新しい市場をゼロから創造した革命的な製品、『ゲームボーイ』の成功のメカニズムを解剖してみたいと思います。

それでは、また次の探求でお会いしましょう。

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