【世界が愛したNIJISANJI EN】いかにして日本発の「熱狂のシステム」は、世界の共通言語になり得たのか?

にじさんじ

こんにちは、カジです。

前回の探求では、にじさんじの強さの秘密が、ライバー同士の化学反応を最大化する「ネットワーク生態系」にあることを解き明かしました。日本という土壌で生まれた、極めてユニークなこのシステム。しかし、本当の挑戦はここからでした。

この「熱狂のシステム」は、果たして文化の海を渡れるのか?

今回は、ANYCOLOR社が挑んだ壮大な海外進出プロジェクト、特に英語圏で大成功を収めた「NIJISANJI EN」の物語を解剖します。それは、単なる海外支社の設立ではありません。日本の成功モデルを、言語も文化も異なる市場へといかに「翻訳」し、実装するかという、極めて高度な「システムローカライゼーション」の物語でした。

高価な授業料:EN以前の「学び」

NIJISANJI ENの成功を理解するには、まずその前日譚を知る必要があります。2018年から、ANYCOLORは中国、インドネシア、インド、韓国へと、国別の海外展開を進めていました。しかし、この国ごとに最適化するアプローチは、運営リソースが分散し、各ブランチが国内市場に閉じてしまう「サイロ化」という課題に直面します。

この経験から、ANYCOLORは極めて重要な教訓を学びます。グローバルで戦うためには、ターゲットを「国」ではなく「言語」で捉え直す必要がある、と。この高価な「授業料」こそが、後のENという、よりスケーラブルなグローバルモデルの設計思想へと繋がっていくのです。

新しい設計図:「EN」という名のグローバルOS

過去の教訓を活かし、2021年5月、満を持して「NIJISANJI EN」は始動します。これは、単なる英語支社の設立ではありませんでした。

まず、タレントの募集が根本的に違いました。インドネシアのように特定の都市への在住を求めるのではなく、オーディションは全世界の「英語話者」を対象に行われました。国籍ではなく言語でコミュニティを形成する。これは、最初から地理的制約を超えた、広大な市場を見据えた設計でした。

求められたスキルも、単なるエンターテイナーではありませんでした。ビジネスレベルの英語力はもちろん、デジタルリテラシー、マーケティング思考、マルチタスク能力など、自律的に活動できる「プロフェッショナル」であることが期待されていたのです。

ITエンジニアである私は、このアプローチに深く感銘を受けます。これは、日本というOSの上で動くアプリケーションを開発するのではなく、世界中のどこでも稼働する、新しい「グローバルOS」そのものを構築しようとする試みだからです。

システムの翻訳:維持したもの、変えたもの

では、彼らは日本の「熱狂のシステム」を、どのようにENへと「翻訳」したのでしょうか。

【維持されたコアエンジン】

システムの核である「ライバー主導の自由なコラボレーション」の文化は、完全に維持されました。ENのライバーは、EN内に留まらず、日本の先輩や事務所の垣根さえ越えて繋がり、英語圏VTuberコミュニティ全体の中で存在感を確立していきました。

【ローカライズされたユーザーインターフェース】

一方で、ファンが直接触れる部分は、徹底的に英語圏向けに最適化されました。

  • コンテンツ: 日本のサブカルチャーだけでなく、欧米のインターネットミームやTwitchの配信文化を積極的に取り入れ、競合との差別化を図りました。
  • プラットフォーム: YouTubeに加え、英語圏で絶大な影響力を持つRedditを、公式な情報発信やファンとの交流の場として活用しました。
  • ジェンダー戦略: 当初は女性ライバーのみで市場の足場を固め、満を持して投入したEN初の男性VTuberグループ「Luxiem」が、これまで未開拓だったグローバルな女性視聴者層を中心に爆発的な成功を収め、EN事業の存在を決定的なものにしました。

この「維持」と「適応」の見事なバランスこそ、EN成功の核心です。

成功という名の両刃の剣

この戦略は、商業的に大成功を収めます。2023年にはEN事業の売上が64億円に達し、会社全体の約25%を占めるまでに成長しました。

しかし、この急成長は、組織に新たな「負荷」をかけ始めます。

ITの世界ではよくある話ですが、アクセスが予測を遥かに超えて急増したサーバーは、正常に機能しなくなります。ENの急成長は、まさにこの状態でした。

タレントの数は急増する一方で、彼らを文化的に適切にサポートし、メンタルヘルスをケアし、コンプライアンスを徹底するための運営体制(マネジメントインフラ)の強化が、そのスピードに追いついていなかった可能性が指摘されています。2024年に起きた人気ライバーの契約解除を巡る騒動は、この「システム負荷」が最も悲劇的な形で表面化した事例と言えるかもしれません。

近年報告されているEN事業の収益低下は、この組織的な課題や、競争の激化、ローカライズのギャップなどが複合的に絡み合った結果だと考えられます。

まとめ

NIJISANJI ENの挑戦は、「熱狂のシステム」が国境を越えるポテンシャルを持つことを華々しく証明しました。それは、過去の教訓から学び、自社の強みを深く理解し、市場に合わせて大胆に自身を「ローカライズ」するという、見事なグローバル戦略の成功例です。

しかし同時に、その物語は、急成長がもたらす「システムへの過負荷」という、普遍的な課題をも私たちに突きつけます。ライバーという「アウトプット」のローカライズには成功しましたが、それを支えるマネジメントという「プロセス」のローカライズは、まだ道半ばなのかもしれません。

日本の「熱狂のシステム」を、真に持続可能なグローバルな「共生のシステム」へと進化させられるか。彼らの挑戦は、まだ始まったばかりです。

【挿絵について】
本記事に掲載されている挿絵画像は、内容の理解を助けるためのイメージです。特定の製品やロゴの正確なデザインを再現したものではありません。

【挿絵について】
本記事に掲載されている挿絵画像は、内容の理解を助けるためのイメージです。特定の製品やロゴの正確なデザインを再現したものではありません。

さて、今回はシステムの「海外実装」という壮大なプロジェクトを解剖しました。次回は、この巨大なエンタメ帝国の心臓部、すなわち「配信」以外のビジネス、特にグッズ販売などが、いかにして収益の柱となっているのか、そのマネタイズの仕組みに迫ります。

それでは、また次の探求でお会いしましょう。

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